月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

使い道はどんな道「燃ゆる風 -軍師・竹中半兵衛-」

星

かいちゃん(七海ひろき)初単独主演バウホール公演「燃ゆる風」CS鑑賞。これはまあやちゃん(真彩希帆)の星組ラスト公演でもあります。

戦国時代はさっぱりわからないのですが、竹中半兵衛といえば大河ドラマ軍師官兵衛」で谷原章介さんが、「信長協奏曲」では藤木直人さんが演じるなど、シュッとした二枚目のイメージ。
軍師ということで特にあれこれ動いて大活躍な役ではないのですが、かいちゃんはそんな知的で涼やかな二枚目がとっても似合いました。この人はさりげな~~く多彩な演技ができる人ですね。おちゃめなかいちゃんも楽しいですが、こんな大人の物静かな役もとてもはまることにビックリ。

まあやちゃんは竹中半兵衛の妻おいね。幼馴染で夫婦なのかな?ちょっとそのあたりのロマンスの描写はないので馴れ初めまではわかりませんが。
以心伝心、全てを心得た妻として寄り添う芝居というのも娘役として必須ですよね。雪組組替え前にこのような役を演じることができて、まあやちゃん幸せものだ。かいちゃんとの静かなラブシーンもとても胸にしみました。かいちゃん素敵過ぎる~。

本来の2番手格は信長役のまお(麻央侑希)だったのかなぁ。
舞台センスが色々と物足りない人なので、むしろそれを個性としてヘタレキャラを演じさせることでこれまで乗り切ってきたわけですが、もうそろそろ、その恵まれた体格を活かす術を身に着けて欲しいところ。
カリスマ織田信長という役は新境地を開く大チャンス。ビジュアルは完璧だったんだけどな。う~~~ん。
たとえ歌唱力、演技力がここまでが限度だとしても、せめてあともう3センチ大きくそしてゆったり動くことが出来れば、随分印象が違ってくるんじゃないかと思う。
これほどの恵まれた体格でありながら、芝居においてもダンスにおいても身体の動かし方というか振り幅?が人よりも小さいのよ。いつも途中でストンと戻ってきちゃう感じ。大きい人が小さくスコスコ動くことで、かえって小物感が際立ってしまうということに。まぁ、そこがヘタレキャラを演じさせれば天性の素晴らしさなのですが。
もうこのまま愛らしいヘタレキャラを極めていって欲しいです。それも何ものにも代えがたい素晴らしい個性!(この後の「スカピン」も見事なヘタレキャラでした。お見事!)


なので今回2番手格になってしまったのはなんと専科のまりんさん(悠真倫)。明るく若々しい木下藤吉郎時代の秀吉。ストーリーテラーの役割も担っていました。静の竹中半兵衛、動の木下藤吉郎という対比を作り上げ、さすがの上手さ。大河ドラマ「秀吉」で藤吉郎役の竹中直人の決め台詞「心配ご無用!」まで入っていましたね。元気いっぱい!


はるこ(音波みのり)は、毎度のことながら素晴らしい。
前回バウ「鈴蘭」で主人公の初恋の女性を演じ、その美しすぎる透明感が印象的でしたが、今回はマムシ斎藤道三の娘にして信長の妻の濃姫なので少し色濃い役づくり。戦国の世の女としての無力感もにじませながら気高く強い佇まいにただただ感服です。何故この人がトップ娘役にならないのだろう?


今回一番おぉっ!と思ったのはぴーすけ(天華えま)かしら?
天性の華やかさで大きな舞台の大人数の中にいても目を惹く人であるけれど、それまで見せてきた個性とはまたちょっと違う豪快で温かみのある人柄を表現していて驚いた。表現したい事を明確に実現できる器用さがあるようです。見せ場のある儲け役を見事に物にしましたね。


実は演出が鈴木圭先生ということでかなりの不安があったのです。どうも演出手腕にいつも疑問符がつく方なので。
オープニングにいきなりキャラ不明のまま登場人物をダラダラと総登場させたり(「八犬伝」「天使のはしご」)、主役不在で延々と子役の芝居が続いたり(「灼熱の彼方」)。
全体の芝居内容の良し悪しももちろん気になりますが、せっかくのかいちゃん単独初主演だというのに、オープニングからしてそんな演出をされたらどうしよう…と。
でも、今回は大丈夫でした。これから出て来る主人公が竹中半兵衛という稀代の軍師であると、明確な口跡のまりんさんに紹介させた上で眩しい光とともにジャーンと登場という拍手を一身に受けることの出来る演出でした。
これだけでもホッとしたよ。

芝居の内容もちゃんと整理されていて普通に感動できて良かった。
1幕終わりもここぞ!っていう場所だったし、松寿丸から黒田官兵衛に軍配とともに軍師としての命を引き継がせる流れもよかった。まぁ、この辺は大河ドラマなんかで散々描かれているくだりだろうけど。でも、いいじゃん。日本人が感動するツボをちゃんと押さえてあるんだから。黒田官兵衛親子のみっきー(天寿光希)じゅり(天彩峰里)も好演だったし。


ただ、この芝居のキーフレーズである「命の使い道」というのは…。
う~~んなんだかな~~~。あんまり美しくないな~~。言いたいことは良くわかるのだけれど。
どうも命が物っぽく聞こえちゃうし。
しかも何度も何度も出てくるのでね。この鈴木先生は繰り返しが好きだよね。
「BASARA BASARA ああああ~」とか「燃~えて~、燃えて燃~えて~」とか。
いや効果的なリフレインならいっこうにかまわないんだけど。なんだか催眠商法のようで。


命の使い道
確かに便利な言葉ではある。
でも、この芝居のテーマをたった一言の言葉でまとめ、しかもそれをそのまま繰り返してしまってよいものなのか。それが気になるのだ。
命の使い道」と言ってしまえば全てが終わる。演出家に結論をお盆に載せられて「どうぞ!」と差し出されてもなぁ。
このテーマを表現するために、作者は言葉を、演者は表現を尽くして欲しいのよ。
そうして出来た芝居全体から、心でその思いを受け取りたいのだけど。

グーグル先生に伺えばたちまち答えが判明する。
そんな世の中の流れが演出家にも現れているのだろうかねぇ。