月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

「なみだ橋えがお橋」とヤンさんオスカルとクライマーズ・ハイ

月

さららん(月船さらら)は
蘭寿さんと同期。

ももうその頃は花組だけをかろうじて観ているような状態だったから彼女の舞台姿は一度も観たことはないのだけれど
ショーの舞台中継なんかを見ると、
なんだかタモちゃん(愛華みれ)をもう一つ不器用にした感じだな~という印象。
違ってたらごめんね。

だからそれほど期待せずに何の気なしに「なみだ橋えがお橋」のCS放送を観てみたんだけど

これ、とっても良かったわ~。
良い舞台でした。

 

映像は千秋楽で、しゃべりっぱなしのさららんの声はガラガラになってましたが。
セリフが怒鳴りになってしまってあまり発声が上手じゃなかったのかしら。
とにかく全身から必死さが滲み出るよう。
でも観ていて苦しい感じは全然しなかったの。
なんとも爽やかな気分。
まぁ、テレビ鑑賞だったせいかもしれません。
実際舞台を観てたら疲れちゃうかな? 

もちろん、古典落語を元ネタにした脚本も、
広がった風呂敷がストンストーンと最後に全て解決されて、とても心地よいのだけれど。
それにしても何なんだろう、この観終わった後の爽快感は?
と思っていたらカーテンコールでその理由がわかりました。

 

本当はきりやん(霧矢大夢)主演だったのね。
ところがきりやんの病気入院による降板という
舞台人にとってはこの上もなく辛い出来事によって、
さららんが代役を務めることに・・・。

さららんにとっては登れるはずもないと思うほどの高い山のような舞台だったのでしょう。
これが自分の為用意された作品であれば、いろんな気負いが生まれたかもしれませんが
そんなことをあれやこれや考える欲も余裕もなかったのね~。
登れるはずもない山に必死で食らいついたら、なんとか登ってしまった。

もちろんきりやんだったら、
きっと軽やかに登れたであろう山なのかもしれません。
でも、さららんは傷だらけでボロボロ、満身創痍。
粋が身上の江戸人情喜劇で満身創痍ってどうよ~と思わないじゃないけれど
それでも、ちょうど登ることに夢中で怖さを忘れるクライマーズ・ハイのように
まっさらな状態の彼女を観ていると、なんともいえない爽快感に包まれたのでした。

 

そういえば
昔、一度だけ
こんなクライマーズ・ハイな舞台を観たことがあったことを思い出しましたよ。

それは、ねっしい(日向薫)の時の星組「ベルばら-フェルゼンとマリー・アントワネット編-」
ヤンさん(安寿ミラ)が特別出演でほんの数日だけオスカルを演じたのを
幸いにも大劇場で観ることが出来たのでした。 

その時のヤンさんはなつめさん(大浦みずき)とともにニューヨーク公演に出演。
終演後、みんなより一足早く帰国して休むまもなく星組の舞台に立ったのです。

あの時のオスカルは伝説だわ~。
ほんとうに凄かった。

ラジオシティ・ミュージックホールで踊った興奮のまま長時間の飛行機移動、時差。
すでに出来上がっている舞台に稽古も殆どできない状態で合流。
おそらく高揚と疲労と虚脱の極致だったに違いありません。
そのポッカリ空いた体と心の中に
ただ、オスカルだけが入り込んでいました。

だいたい
植田歌舞伎をタカラジェンヌが演じるという図式になってしまっているのが「ベルばら」。

ところが、ヤンさんのオスカルは
タカラジェンヌのオスカルでもなく
安寿ミラのオスカルでもなく
そう、ただ、ただ、生身のオスカルだったのです。

アンドレを失って、まるで本当に半身をもがれたように語り始める
「シトワイヤン、彼の犠牲を無にしてはならない」から
「シトワイヤン!行こ~~~う!!」のところなんて

凄かったわよ。凄まじかったわよ。震えたわよ

本当に気力だけで立てているような人が、魂しぼりだしているんだもん。本物だもん。

あの時、劇場にいた人々は「ベルばら」を観ていたんじゃないの。
1789年のパリにいたの。

そんな感じ。

この後の幕間になった時の観客席のどよめきも
忘れられないわ。
ほとんどの人が泣き過ぎて、もう息も出来ないような状態だったのが
一斉に我に帰った感じ。深い深いどよめきが起こったの。

 

クライマーズ・ハイは覚めた後が怖いらしい。 

ヤンオスカルはリアルすぎて夢々しさに欠ける
なんて一部批判もあったことはあった。
でも芝居がうまいのに、弱い声と華奢な身体のせいか
今ひとつインパクトに欠けるところがあったヤンさんは
このオスカルをきっかけに大ブレイク。急速にトップへの道が開けていったのだけれど

さららんはその後、どのような宝塚人生を送ったのだろうか?