月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

神の名前は同じでも「SANCTUARY」1

宙

揺れもまだ収まらないのに
今度は大雨が降るという。

どうやら神様は
あんまり人々の願いは聞き入れてはくれないらしい。

たぶん
神様は
なにかを防ぐことはもちろん
自ら手を下すことだって、できないのだろう。

こんなことを言えば
真摯に信心している方は
怒るかもしれないけれど・・・。

そうでなければ
罪もない人々が突然生活を奪われるなどという不条理を
神が許してしまうはずはない。
被災者しかり、
難民しかり。 

それでも神様は
きっとどこかにいるとのだと
思いたい。

きっと誰の胸にも
畏敬の念を抱く
なにかが、存在する。
いや、存在しなければならない。

まぁ
私は
オリンピックを見れば五輪の神様がいると思い
高校野球をみれば甲子園の神様がいると思い
山にも海にも大地にもそれぞれに
神様がいると思ってしまう
典型的日本人なのではあるが。

 

そんな神様なんでもありの我々には
想像もつかないのだけれど
同じ神様の名前を信仰する
カトリックプロテスタント
血で血を洗うフランス中世を描いた
「SANCTUARY」鑑賞。
見応えありました。

思うことは色々あれど
なんだか今はその気になれなくて。 

感想はまた、次回にでも。