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月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

ちょっぴり切なく愛おしい「カリスタの海に抱かれて」新人公演

花

 

胸にしみる
いい新人公演でした。


正直、この「カリスタの海に抱かれて」という芝居。
本公演を観た時には、なんとなくの違和感があったのです。
いえ、けっして悪い話じゃないし、
つまらなかった訳ではないのですが…


もし、これが3~40年くらい前の昭和の宝塚だったら
主役になるのは、カルロではなくロベルトだっただろうなぁ。
リーダであることに悩みながらも
みんなを引っ張り成長していくロベルトと
裏切り者の息子であることを悩みながら
陰の存在として独立を助けるカルロ。
その二人の間で揺れ動くアリシアみたいな。


ところが
平成の宝塚。
ヒーロー像というものがちょっと変わってきてるのね。
敵も味方もどちらの生命も同じ重さと
無血革命をめざすカルロのほうが主役になるのだもの。
時代は変わった。


そりゃぁもちろん生命は大切だけど
横流しと根回しで事をすすめ
その合間にちゃっかりラブ・ロマンス。
ピンチの時は他力本願。
という主人公。

なんというか…
どうにも気分が盛り上がらないなぁ。

なんてことを
つらつら思いながら観た本公演だったのですが
新人公演はちょっと切り口が違った。
セリフも演出も
大きく違うわけじゃぁないのに
不思議だよね~。


マイティー(水美舞斗)の持ち味なんだろうか?
根回しが全然根回しに見えないのよ。
むしろ不器用に真正面から
物事にぶつかっていっているように思える。

真っ直ぐで曇りのないキキちゃん(芹香斗亜)のロベルトや
なんやかんや言っても人が良さそうなアリシア兄のあきら(瀬戸かずや)に比べ
陰鬱な面持ちが印象的なゆうなみ(優波彗)のロベルトは
突然帰ってきたかつての親友カルロを心の底から信頼するには
懐疑的なようだし
そりゃぁ当然だわ。なんで最後に味方になったのかは、よくわからなかったけれど…
腹に一物ありそうなあかさん(綺城ひか理)のアリシア兄は手強いし
どうも、事はちっとも上手くは進んでいってないように思える。
それでも愚直に進んでいく主人公を見ると
なんだか応援せざるを得なくなる。

この
主人公を応援したくなるって気持ちとか
主人公に感情移入してしまうことって
芝居の世界に没頭するためには必要なことだと思うの。


さらにさらに
マイティーの素晴らしかったところは
心に抱えた寂しさを表現できたところ。

孤独な生い立ちをアリシアに語る時のマイティー・カルロは、
ためらいがちに微笑みながらも
まるで迷子になった子犬のように
人恋しさモード全開なんだよね。
誰かにすがりつかずにはいられないほど
一人ぼっちだったんだろうなぁ。

このシーン
マイティーの佇まいの切なさに
胸がキュンキュンしましたわ~。
愛しくてたまらんわ~。
だからこそ
最後の銀橋でのハッピーエンドが
この上なく幸せに思える。


ラブ・ロマンスというより
ちょっぴり切ないハートウォーミング作品といった趣きに。
あぁ~。
なんかいい話を観たな~。
と思えたのです。