月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

忘れていても覚えている「アイ・ラブ・アインシュタイン」

花

花組の誇る男前あきら(瀬戸かずや)バウ初主演にして谷貴矢先生デビュー作という2重の楽しみの作品なれど、当然観に行くことなどかなわなかった「アイ・ラブ・アインシュタイン」をCS鑑賞。
もっのすごく面白かった~~~。

手塚治虫的愛らしさ

登場人物は人間・ちょっと旧式なアンドロイド・進化したアンドロイドがいて、さすがに旧式なアンドロイドはちょっぴり動きが機械めいているのだけれど、進化したアンドロイドと人間との区別は、ぱっと見た限りわからない。
旧式なアンドロイドを演じたイブ氏(梅咲衣舞)がものすごく上手くてね。動きのぎこちなさ、力加減のわからなさがとっても愛らしいのだ。たそ(天真みちる)、まりちゃん(鞠花ゆめ)もあいかわらずいい味。AIが搭載されているので、少しずつ色んなことを覚えたり、新たな感情?(反応かな?)を手に入れたりする様がこれまた愛らしい。
このアンドロイド達には手塚治虫の代表作「火の鳥・復活編」に出てくる旧式家庭用ロボットのロビタの面影を感じました。大好きなのだ。あの話。
物語の核となる部分にも「火の鳥・復活編」に通じるところがあって、この作品の全体的なイメージがどことなく手塚治虫的世界観だと感じるのだけれど。意識して書かれているのかなぁ?私の勝手な思い込みかしら?
1幕の前半あたりは「手塚治虫や。手塚治虫や~~。」と、なんだか嬉しくなって見ていました。サイエンスフィクションと聞いてて、どんなもんなんだろ~と、ビビっていた私にとって手塚治虫ヒューマニズム溢れるこの物語の世界観はとても心地よいものです。
それにどうしてだか、この世界観に懐かしさを感じてしまうのだが…。

さて一方、進化したアンドロイドと人間の区別は、いろんな面でわからない。
動きはもちろんのこと、複雑な感情も意思も持っているらしい。進化したアンドロイドであるしろきみちゃん(城妃美伶)はとっても聡明で愛らしく好演。本当に芝居が自然で上手い。声も綺麗で明瞭。

彼女がアンドロイドであることは冒頭から示されているのだが、他の人はどちらかわからない。
一人、正体はきっとアンドロイドに違いないという演技をしている役があるので、観客は「ふむふむ、こいつは間違いないな!けど、もしかして他にも?いや、実はこっちの人こそがアンドロイドなんじゃないだろうか~~。」などど疑いながら芝居を見続ける事となるのだ。
そして、その予想が一瞬にして覆される1幕の幕切れ!
お見事です!まさかそっちだったとは!衝撃!!
まんまとミスリードに引っかかりましたわ。ほんと作者の思う壺だわ。

まず愛を証明しよう

1幕終わりのドキドキが止まらないまま、2幕に突入。テレビ視聴はここが辛いところ。幕間の観客席ってどんな感じだったんだろう。ざわついただろうなぁ。
2幕は時制が過去に戻ります。このあたりも構成が上手い。
1幕でたおやかな幻影?を演じていたべーちゃん(桜咲彩花)は2幕では生き生きと生命力に溢れています。どちらもとっても魅力的。

1幕が終わったときには、この物語いったいどう決着をつけるのだろうかと思いましたが、おお、こうなるのか!
でも納得の素敵な結末。
ラストシーン、街で出会った二人の男女(あきらとしろきみちゃんが二役で演じている)が、一目で恋に落ちる事を感じさせて芝居は終わります。
これまでの宝塚の芝居なら半分以上は最初の方に描かれてきたであろう突然恋に落ちる瞬間が、物語の最後の最後に描かれているのだ。

なにゆえに、それが最後になったのか?
だいたい、宝塚ではショーでも芝居でも愛の必要性とか理由とか、気にすることなど、これまでほとんどなかったと言っていい。
理由なんか要らないとばかりに、出会った二人はたちまち恋に落ちる。美しい男と女が出会ったのなら、もう恋するしかないのだから。
しかし、もしかしたら谷先生は「何ゆえにそこに愛が必要なのか」まずは、その証明なくして、ひたすら恋に落ちる話を書かなければならない宝塚の演出家という仕事にとりかかれなかったのかも。

物語の展開の中に今の世の中にひたひたと忍び寄る色々な問題をちりばめながら、最終的に異質な他者に対する寛容や共感、限りある生命への慈しみ、そこから、それら全ての上に「愛」が位置づけられる。と、さながらまるで証明を行うように話が展開していきます。
2幕終盤、この一連の証明(?)を語るあきらの姿に、突然かつて見たミュージカルを思い出しました。あれ、なんていう劇団だったのかな~。駒場小劇場で見たの。

駒場小劇場とは東大教養学部構内にある劇場?というかホールを劇場にしてただけなのかしら。きっともうないよね。30数年前、よく行きました。
当時、野田秀樹率いる「夢の遊眠社」がメジャーになり始め、それに続けとばかり学生演劇ブームが起こっていたころだったと思う。
なんか、あの感じを急に思い出したんだよね。もちろん内容も覚えていないから、話が似ているとか、そういうわけじゃないのだけれど。30年以上も、全く忘れていた劇団のことなのに、突然ぱっと思い浮かんだ。
物語序盤からなんとなく感じていた懐かしさの正体はここか!

とにかく、かなり盛り沢山な論理が結びついているので、そのすべてを主人公ひとりに語らせるには、かなりの力技が必要。
このシーンのあきらの芝居はとても力強く、説得力もあった。
けれども、あきらなら、セリフだけでなくカラダ(つまりダンス)で、その気持を表現することだってできたんじゃないか。と。
しろきみちゃんの手を取って踊りだすだけで、感じられることはたくさんあったんじゃないかなぁ。

私がなんで宝塚を観に行くかって言うと、たとえこんなふうに複雑なあるいは重いテーマがあったとしても、それを言葉だけではなく歌やダンスで表現してくれるから。
もちろん、ダンスや歌だけで言いたいことの全てを表現することは不可能です。
でもそこをぐっと我慢して観客に委ねてほしいのだ。
論理で脳が理解するんじゃなくって、なんだかはっきりわからなくても感情が震えることで理解したいのだわ。
まぁ、踊るあきらをもう少し見たかっただけなのかもしれません。
でもフィナーレの燕尾!堪能しました。素晴らしかったわ!

さて、こうして、いささか学生演劇的手法で、無事、愛の証明を終えることができた谷貴矢先生。なんか、ちょっと面倒くさい奴やな~。と微笑ましくなってしまいますが(こんなことを勝手に妄想する私のほうが面倒くさい奴ともいえますが…)この「アイ・ラブ・アインシュタイン」は演出家デビューとして本当に意義のある作品だと思う。
デビュー作はこうでなくっちゃ!!
きっと次回作では安心して、無条件に恋に落ちる二人を描くことが出来るんじゃないだろうかと期待してます。どうなるのか楽しみ。

男役の艶やかさを引き出す手腕

それとこの芝居でもう一つ感じたのが、男役の艶やかさ。
あきら、マイティ(水美舞斗)は普段から色気ダダ漏れの人達ではあるのだけど、二人共これまでショーなどで見てきた色気とは、少し違う感じの種類の艶やかさが感じられた。
宝塚伝統的な男役の色気とも違う。正塚先生の自然な男っぽさの色気とも違う。荻田先生のヒリヒリした色気とも違う。
なんとも表現がしづらいのだけれど~。

そう、マイティのアルバート博士への愛とも言える思いを吐き出す幕前のソロ!ものすごく色っぽかったなぁ~~。
幕前といっても、紗幕になっていて、その奥では国家人間主義労働者党の面々(この人達も今回みんな色気がある)が、これまたかっこよくダンスをしているのが透けて見えるところも、またとても艷やかだった。
歌のラストのキメのところはバックの幕は黒に代わり、マイティひとり浮かび上がるのもすごくカッコイイ!

だから、この色っぽさは、もしかして演出家の手腕というか、作品にそんな色気を醸し出す何かがあるんじゃなんじゃないかと思えるのだよね。
咲き誇る花、じゃないの。もっと若々しい。若草?うーんちょっとちがうな。そこまでカラッとしていない。でも決してダークではないの。そう、深い森の奥、木漏れ日の中で綺麗な緑色した苔の群生が露でキラキラ輝いている感じ、とか。う~~ん、意味わからんな。
鉄製(のように見える)セットがなんとなく苔むしたように緑っぽかったからそう思っただけかしら?マイティの髪の色も緑がかっていたしな~。
とにかくチャーミングでありながら、どこか少し翳りのある男役の艶やかさに飲み込まれるような気がして、とてもドキドキした。
このあたりは次回作でも感じられるのかどうか、確認してみたい。

曲もかっこよかったし、セットもロマンチック。
デビュー作らしい個性あふれる力作で本当に見ごたえがありました。
なんだか繰り返し見返したくなってしまう中毒性もあって、とっても好きな作品です。

後日譚

突然思い出した30数年前に観たミュージカルがどうしても気になって、グーグル先生にお伺いしてみました。
かすかに思い出される、登場人物の役名、クリネックス王女とホクシー王子で検索しても、出てくるもんじゃないわ~~。(そんなどうでもいいアホなことしか覚えていない…)
"駒場小劇場" "上演作品"とか"東大" "演劇サークル"で検索してみましたが、やっぱり夢の遊眠社のことが多いな~。

駒場小劇場は緑の木々や下草に埋もれるように建つオンボロ学生寮群を抜けた先にあって、行きはなかなか趣のある散歩道なんだけれど、夜、芝居が終わったあとの帰り道が大変だったな。廃墟のような寮からほのかに差してくる明かりの他は、ほぼ真っ暗な道に時々訳の分からない小動物だか巨大両生類やらが飛び出してくるし…。
「アイ・ラブ・アインシュタイン」を見た時、何の根拠もなく、彼の住むお屋敷は森の中で、緑の蔦に覆われていて、季節はきっと春の終から初夏の頃に違いないと思ってしまったのだけれど、もしかしたらこの30数年前の記憶がそう思わせたのかもしれません。

で、ありとあらゆる検索でついに見つけた!
ネバーランドミュージカルコミュニティ、通称ネバラン!
そう!!それそれ!!
上演作品一覧があるページも見つけた!
天河夢想 (Tenga Musou) : ネヴァーランド・ミュージカル・コミュニティ - livedoor Blog(ブログ)
「へろにもちぷんたぴれぽん」
この文字を見た途端に「へろにもち ぷんたぴ~~れとん♪」と歌えてしまった。話は忘れちゃってるけどメロディを覚えてる。驚愕!
「8ビートは親父のロック」っていうメロディも思い浮かぶので、きっとこれも観ているんだな。全然忘れてた。
トーリーや言葉は忘れてしまっても、そこから受けた感情とか歌はなんとなく覚えている。
だからこそ、芝居では大事なことは言葉で語り尽くしてほしくないのかもしれません。

さらにこの検索の過程で谷貴矢先生が東大の学生演劇サークル出身らしいということがわかり、びっくりしたわ。同姓同名の別人なのかもしれないけど。
いくらなんでも私が観たネバランの時代は知らないだろうに。(まだ生まれてもいない?)そこはかとなく同じ匂いが感じられたっていうことは、そこには連綿と続く何かがあるんだろうか?