月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

そんな時代だった「外伝ベルばら三部作」

専

邪馬台国の風」を観たら、なんだか妙に昔ながらのトンチキ作品を見たい衝動にかられて、ちょうど放送の「外伝ベルばら」を3作連続CS鑑賞。

限りある宝塚人生においてできるだけ素敵な作品に恵まれて欲しいと切に願いながらも、万が一トンチキ系作品にぶち当たった時、スターパワーでどう乗り切り、いかに輝くのかっていうのも結構な見どころであったりするわけです。

以前放送でみたタニ(大和悠河)の外伝アンドレ編があまりにもぶっ飛んでて色んな意味でオモシロすぎたので、さてジェローデル編、アラン編、ベルナール編はいかが相成りますか。


う~~む。
ただの楽しいトンチキ作品とは訳が違った。

これが上演された2008年というのはどういう年だったかな。リーマン・ショックあたりだったっけ?
同じ衣装、同じセット、同じ新曲を使いまわして、いっぺんに3作品も作り上げてしまうなんとも強引な荒業。

もちろん、これまでに使った衣装や装置を再利用するなんてことは日常的にあるし、名曲や名場面の再度登場もよくあることです。
でも、それはいわば宝塚の財産。そういう積み上げてきた歴史が宝塚の強みであるわけで。
でも今回のベルばら3部作はそういうこととは何だが違う。経費削減があまりにもみえみえ。
こういう作品でありながらも懸命に演じる演者たちが素敵であればあるほど見てて辛い…。

物にお金をかけられないのなら、せめて脚本・演出だけでも工夫を!と思う。
そう、月組バウの「A-EN」は若手演出家のバウ公演ゆえ2作品を同じ衣装・同じセットで作った低予算なれど、二つのストーリーを同調させたり破調させたりと、なかなか工夫があって面白かったっけ。
ところが、このベルばら3部作の脚本、アラン編にいたってはこれまでのベルばらのほぼ抜粋。抜けた部分はひたすらアランと妹の会話による説明ゼリフでまかなうというものすごい手抜きで、このいったいどこがアラン編なのか。これではアランのまとぶん(真飛聖)も演じようがないだろうに。
あぁ、もしかしたら脚本ご担当の大御所の人件費が一番お高いのかもしれない。


なんにしても宝塚のような人数の多い華やかな舞台を作るにはそれはそれは多くの経費がかかるだろう。
もちろん、昔だってただのオーナーの道楽だったわけではなく、阪急沿線のブランド力の向上という企業戦略の一環としての豪華絢爛だっだのだと思うけどね。関西のシブチン企業はしたたかだもの、無駄なお金をかけるわけない。
とはいえ昔のように全体を見渡したトップの鶴の一声で事を進めるなんてことの出来ない時代だ。世の中不景気で興行収入も落ち込んだら歌劇部門だって肩身はせまい。経費削減は喫緊の課題。いや、わかる、わかるよ。
私の勤務先だって統合やら閉鎖やらリストラやら色々あった時期だった。そんなこともあってこの頃宝塚を見に行くなんてこと考えも及ばなかったわけで、だからこの舞台の責任の一端は私自身にもあるのだ。

15年以上も宝塚観劇から遠ざかってしまったことを大変反省いたしました。
たとえ1年に1回だったとしても行くべきでした。ほんとごめんなさい。
まぁ、ようやく年に数回だけどなんとか観に行けるようになったら、今度はチケットが手に入らないんだけどね。

でもチケットが手に入らないほど人気があるということは劇団にとっては良いことです。
製作者の皆様にはこの今の良い状態をしっかり作品づくりに反映させてほしい。
せっかく戻ってきた観客や、新たに掴んだ観客の心も、それから限りある宝塚人生を懸命に生きる生徒たちの心も豊かに潤すような良い作品をどうかどうかよろしくお願いしますね。



劇団の集客努力をなんか違う気がする~って言ってすみません。
cowherdvega.hatenablog.com