月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

ショー・マスト・ゴー・オン

雑

6月には北摂地域で大きな地震、7月には西日本豪雨
その他にも直接私の身に降り掛かったわけではわけではないのだけれど、6月から7月にかけて悲しいことが多かった。

地震のときは電車が全てストップし、その状況下でも宝塚大劇場公演が行われたことについて、賛否両論あったと聞きました。
どうにか観に行こうとしても行けなかった人はきっと大変な思いをしただろうし、チケットの払い戻しをされても振替公演はないしね。もし私がその立場だったらただ1度きりの観劇予定が行けないことになるわけで、心はざわついたかもしれません。

その日劇場にたどり着けた人がどれほどいたのかは知りませんが、たとえ観客が少なくても幕を開ければ光熱費など膨大な経費がかかります。収支の面だけで考えれば他の劇場がそうしたように上演中止、全面チケット払い戻しにしたほうがむしろ損失は少ないでしょう。なのでけっして営利目的だけで上演を決行したわけではないと思います。

大劇場は中心部からは遠い場所にあり、そんな立地条件から泊りがけで観劇に来ている人もいたでしょう。バスや車など電車以外の手段で観に来た人もいたのでしょう。
そこに幕が開くのを待つ人が少しでもいたのなら、そして劇場の安全が確認されたのなら、上演したその心意気や良し!と、私は思うなぁ。


世の中に辛いことが起こった時、歌舞音曲は不謹慎だって思うのも人の感情としては自然なことかもしれません。
でもね。大切な家族を失った時期に母から何度も何度も歌って欲しいと頼まれたのが「風と共に去りぬ」でスカーレットが歌う「明日になれば」でした。
レコードとかも持ってなかったし、私が歌ったんではメロディもうろ覚えで、とってもへたくそだったけれど、母はいい歌だね。きっとそうだよね。って言って聞いてくれた。
あの時、私達の心の支えの一つは間違いなくあの歌でした。

だから、どんな時でも、
たとえ観に行けない時でも、
宝塚は変わらずそこにあって欲しいの。


どうかこの世の中が心躍るエンターテイメントの許される場所であってほしい。
もし万が一、そんな心の余裕がない辛いことが起こったとしても
そこに愛と夢と希望があるかぎり
ショー・マスト・ゴー・オン
その灯火が消えないこと、消させてはいけないことを願います。