月刊☆臥看牽牛織女星

15年の空白を経て宝塚観劇を再開。失われた時を取り戻すためのスカイステージ鑑賞記録をぼちぼちと綴ります。

本日「夢千鳥」ディレイ配信

宙

ダメ男、ダメ女フェチにとっては絶対ドストライクな作品であろうとは予想していまいたが、その予想を遥かに超える凄まじさで狂喜乱舞でした。
栗田優香先生渾身のデビュー作。これほどまでに濃密とは!

そら(和希そら)の艶やかさよ!

その前髪はなんですか?殺しにかかってますか?
ウネウネと額をかすめるその前髪の影から対象をひたと見つめる眼差しの凄みに息が止まるかと思ったよ。
とにかく発せられる色気とオーラがとんでもない。ヤバイ以外の語彙喪失。
夢二だろうが映画監督の白澤だろうが基本不機嫌で眉間にシワ寄りっぱなしなんだけれど、時折見せるふっと魂の抜けたような表情とか、ほんの僅かに微笑んだような口元とかが母性本能くすぐりまくる。
こいつはダメだ。ガチの女殺しだ。(←まじで好き)
苦悩のダンスの身体表現も凄まじい。身が引き裂かれるような激しい動きなんだけれど美しい。美しいのだけれど恐ろしい。
なんだ?なんなんだこれは!
才能というものは狂気に近い。
これまでだって常に素晴らしいパフォーマンス見せてくれたそらくんですが、それは単なる序章に過ぎなかったんじゃないか?と思うほどでした。
この逸材、絶対今後の公演でも生かしてください!お願いします!
誰にお願いすればいいのかはわからないけど叫んでおきます。

修羅の道行く女。じゅりちゃん(天彩峰里)

ついこの間まで可愛い小さなアナスタシアだったじゅりちゃんが、宝塚史上最高にヤバイ女です。
女優って怖い。
じゅりちゃんって東洋的チャームなお顔立ちだと思うのよね。テレサ・テンとかそういう系統。
愛らしいのに妙に色っぽいからかえって底知れない。
夢二との激しい口論からタンゴのダンスに変化していくところに息をのみました。
愛と憎しみがぶつかり合うステップの応酬の果てに激高した夢二が振り下ろすナイフ。引き裂かれた座布団から赤い羽根が鮮血のように舞い上がります。その強い色彩から放たれる暴力と官能のせめぎあいには腰が抜けるかと思ったわ。
その後もじゅりちゃんが放つ修羅のセリフに修羅の歌。
白いうなじに映える赤と黒の着物。モダン柄の赤い帯。腰のラインが柔らかく出る少しくだけた着こなしで歌い踊るナンバーが壮絶。
「もっと狂って。わたしに狂って。もっと妬いて。私に妬いて。」だったっけ?
しだいに愉悦の表情になっていくじゅりちゃんに釘付けでした。
それから彦乃を「夫のお嫁さんに」と彦乃の父親に懇願するところなんて狂気の沙汰よね。(←ここの流れおもいっきり好き)
下げた頭をねっとりと持ち上げてから言い放つ言葉と表情がまたすごくって、こうなると被虐なのか加虐なのか…もはや倒錯の極みです。
以前から相手との芝居の呼吸が上手い人だとは思っていたけれど、これほどまでにすごいとは!
そうそう、呼吸といえばじゅりちゃんって歌うときのブレスが割と目立つのが以前からちょっと気にはなっていたんだけれど、この役に関してはそれがすごく良かったです。なんていうか吸う息にまで情念がこもる。
ラストには他万喜を演じた女優玲奈として、どこか解き放たれたような表情になるのも良かった。
これまでの修羅があるからこそ、菩薩を思わせる東洋的な微笑みの美しさが胸に染み入りました。

スプレンディドなお嬢様。ぶきちゃん(山吹ひばり)

短い命の女性であることは知っていたのでひ弱な薄幸の少女として描かれるのかと思っていたら、割と生き生きとしたお嬢さんとして登場。
お目々をパチパチさせて夢二を見つめる横顔が愛らしい。ちょっとアニメ声なのね。その可愛い口元からスプレンディッド!なんて言葉が飛び出るとなんだか幸せな気分になっちゃう。
まだ105期生。やはり芝居の経験が浅いのでじゅりちゃんのような相手との阿吽の呼吸という感じではない。
でもそこがすごくいい。
ただただ健気に夢二だけを見つめているのに会話の呼吸が微妙に一方通行なのよね。
まるでどこか違う世界で自分が思い描いた理想だけを見ているようでなんだか空恐ろしくもある。
でも夢二にとっては逆にそれが心地よいのかもな~。
他万喜とは心の奥底の醜い部分までぶつけ合い、そしてすべてを見透かされてしまうけれど、目を輝かせて自分だけを見つめてくれる彦乃はその実、何も見えていないのだから。
これは今しかできないであろう絶妙なキャスティングだわ。

彫像から目覚める女。ひろこちゃん(水音志保)

ひろこちゃんの骨格って大好きなの。西洋の彫像のような美しさ。
お葉はどんな肢体でも求められるままにポーズする職業モデル。
最初のうちは何の感情も意志も見えない正に彫像のような女に見えるのだけれど、薄皮が剥がれるように彼女の中身が見えてくるのがとても良かった。
彼女が主体性なく流されるまま生きてきたこと、いえ、そう生きてこざるを得なかったことが最後にはわかる。
文字すら読めず社会の底辺で周りから奪われるように生きてきた女。それゆえ全てに自信がなく自ら何かを発することもできなかった。
でも最後には
「あなたは誰も愛していない」
そう夢二に突きつけ、自らの意思で夢二から去っていく。
何も見えていないようで真実を見いだし自我に目覚めていくお葉。
夢二しか見つめていないのにその実何も見ていない夢の中の少女彦乃。
見事な構成だわ。

あーちゃん(留依蒔世)に泣かされる

ブチ切れ気味な役が多かったあーちゃんですが(ってそれはSAPAだけか?あ、パパアイラブユーもだ!)今回はどちらの時代でも友想いの男。
昭和時代のバーテンは軽快な感じ。
銀座の文化人御用達のバーなのかな?人の世のなんたるかを知るマスターのりんきらさん(凛城きら)の肩の力の抜け具合も素敵だわ。二人の会話のコンビネーションが絶妙。
バーの場面でそのまま昭和から大正へのシーンへ切替わる展開がすごく好き!
大正時代は夢二にとって唯一の友だったんじゃないかと思わせる。
夢二のようなエゴイストが同じ業種のしかも画学校を出たようなエリートにたとえほんの少しだとしても心を許すなんて、この人絶対いい人。いや単純にいい人というのではなくって心にまことがある男。
そしてあーちゃんの歌が素晴らしくって泣きました。
単に声がいいとか上手いとか、そんなんじゃなくて心情表現がね。ぐっと来る。
自分だっていい絵が描きたいわよ。夢二よりも素晴らしい絵を描きたいはずよ。
それでも彦乃と引き裂かれ失意で描けなくなった夢二をなんとか立ち直らせたいと願う。そんな想いが溢れた名歌唱。

名歌唱といえば、きゃのんさん(花音舞)も素晴らしかった。
場面の転換が暗転ではなくきゃのんさんの歌になるんだけれど、昭和のナイトクラブとかキャバレーの歌手の雰囲気であの時代のムードを醸し出していました。
ただ単に歌うだけでなく彼女のほろ苦い人生もちょっと垣間見えるような感じ。
あーちゃんもきゃのんさんも芝居としての歌唱が素晴らしい。歌ってこうあるべきたと思うわ。
もちろん、りっつ(若翔りつ)の名演。あきも(秋音光)の美しいダンスも忘れがたい。

たとえ不要不急と言われても

生きていくために必要不可欠な仕事はもちろん尊いです。
だけどただ生存するためだけであれば何の必要もないものを生み出すために心血を注ぐというのは、恐ろしいほど凄みのあることなのだとこの芝居を見てあらためて思い知らされた気がします。
その気迫と熱量にどうしようもなく惹きつけられるのも生きている証。
ラスコーの洞窟、ギリシャ悲劇。絵も芝居もそんな古の昔から今に至るまでどんなことが起ころうとも決して失われることはなかった。
たった数日で中止を余儀なくされ無観客配信となってしまったのは無念ですが、やはりこれは人が生きる上での根源的な欲求からくるものなのだと確信させてくれたとても力強い作品でした。